動脈血管硬化指標としてのASI測定原理と基礎的な評価

杏林大学保健学部生理学
 嶋津秀昭
 

INDEX
はじめに
1.オシロメトリック法による間接的血圧測定法の原理と特徴
  1−1動脈血管の圧−容積特性
  1−2血圧判定の原理
  1−3 カフ圧の変化からなぜ血管の容積変化が得られるのか
2.CardioVisionによる循環動態の分類評価
3.CardioVisionによる血管硬化度指標ASI(Arterial Stiffness Index) の測定原理
  3−1 ASIの意味
  3−2 ASI(Arterial Stiffness Index)の算出原理
4.ASIと他の血管硬化指標との相違点
  4−1 脈波伝搬速度(PWV)


 
はじめに


 我々は、一般的に用いられている間接血圧測定法であるオシロメトリック法の原理を利用して、血圧値、脈拍数と同時に、動脈硬化に密接に関係する血管の硬さ指標、すなわちASI(Arterial Stiffness Index)を求めるシステムを開発した。ASIは動脈硬化の診断や治療効果の確認に大きな意義を持っている。しかし、ASIが新しい指標であるため、ASIの測定原理やその臨床的な意味が一般には十分理解されていない。この点を考慮し、ASIがどのような意味を持つ指標であるのかを明らかにするため、本論文ではまず、オシロメトリック法による血圧測定法の基本原理を説明する。次に、動脈血管の硬化指標であるASIがこの方法からどのように導かれるのかを示し、この指標の持つ意味を説明する。これらの説明に加えて、ASIに関係する基礎データを紹介する。
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1.オシロメトリック法による間接的血圧測定法の原理と特徴



 オシロメトリック法は血圧の測定のために腕に巻いたカフで動脈を圧迫したときに、カフ下部の動脈の拍動によりカフ内圧に微小な振動(oscillation)が発生することを利用している。聴診法と同様に上腕部にカフを巻き、カフ圧を最高血圧以上に上昇させ、その後減圧を行う。カフを減圧する過程で血管の脈動が変化し、この血管容積変化に応じてカフに微小な圧変動が発生する。オシロメトリック法はこの微小圧変動によって血圧を判定する方法である。
 カフを最高血圧以上に加圧し徐々に減圧すると、脈波振幅は最高血圧付近で急に大きくなり、次第にその振幅を増大させ、平均血圧付近で最大の振幅となる。このような脈波の振幅変化がどのような原因で生ずるのかを検討することによって、オシロメトリック法の基本的な原理を説明することができる。
 オシロメトリック法を理解するためにはまず、動脈血管壁の構造とその力学的な性質との関係を知ることが必要である。
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1−1動脈血管の圧−容積特性

 動脈血管壁の伸展性に関わる構成成分には弾性線維、膠原線維がある。RoachとBurtonは動脈に蟻酸を作用させ、膠原線維を選択的に除去し、弾性線維と平滑筋を主とする内膜および中膜部分の伸展性を調べた。その結果、内膜、中膜ではこの層に豊富に伸びやすい弾性線維のタンパク質線維が多く含まれ、これが無秩序な方向に結合しているので、弾性係数は小さく伸展性に富むことを明らかにした。同様に動脈血管にトリプシンを作用させ、内膜、中膜を除去し、残った外膜の膠原線維の伸展性について調べた。その結果、膠原線維は弾性線維より力学的強度は高いが、伸展性は著しく低いことを明らかにした。
 この結果を利用して、血管に働く力(内圧)と血管の各膜の伸展性について考えてみる。
 図1は血管の構造と伸展性を表したものである。図に示すように、血管に作用する圧力が比較的低い領域では、外膜は進展していないので、血管壁の伸展性は主として内膜と中膜の特性に依存する。これらの層は伸展性が高く内圧の変化に対して血管壁は大きな伸びを示す。これに対して圧力の高い領域では、内膜、中膜が十分に伸展しこの外側を覆う外膜も進展する。このとき、血管壁全体の伸展性は、もっとも伸展性の低い外膜の特性によって決定される。したがって、圧力の変化に対する血管の伸展性は著しく低くなる。血管内圧の増加と容積変化、特に中膜および外膜の弾性率の違いと働き方の違いをバネに例えて説明したものである。中膜の性質を柔らかいバネ、外膜の性質を硬いバネで表現すると、内圧が低い状態では柔らかいバネ(中膜)に力が働くので内圧の変化に対する伸びが大きくなる。さらに、内圧が増加すると血管の容積が増加し、ある程度以上の伸展により硬いバネ(外膜)が働き血管の伸展性が低下する。
 図2に示すように、正常血管の性質は、この内、中膜と外膜の性質を合成した結果として現れ、血管の伸展性は内圧の高低に依存して変化することになる。
 このように動脈壁を構成している3つの膜は伸展性において異なった特性を持つので、血管の圧−容積特性は内圧に依存して(あるいは容積に依存して)特異的な性質を示すことになる。図3は血管の圧−容積特性と容積脈波との関係を模式的に示したものであり、縦軸は圧力、横軸は動脈血管容積を示す。同図に示されるように、血管の圧−容積特性は強い非線形性を示し、圧力の変化に比例した容積変化を示すわけではない。このため、たとえ脈圧が等しい場合でも血管に作用する圧力が異なると、その圧力に応じて脈圧に対して生ずる容積変化の大きさも変化する。
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1−2血圧判定の原理
 
  図4は血圧測定時に血管に加わる圧力である。血圧の測定には腕にカフを装着しこれを空気で圧迫する。このとき血管はカフ圧で圧迫され、血管壁には血圧である血管内圧(心臓の拍動による圧力)の他に血管外圧(カフ圧)が加わる。
  このような状況下では、図5にカフ減圧時に発生する脈波振幅の変化を示した図中の圧−容積特性の縦軸の「圧力」は、血管内外の圧力差(Pt : transmural pressure)つまり血圧とカフ圧との差として考えることができる。同図に示す測定時のカフ圧が0のとき、血管には血圧のみが作用し、この圧によって生ずる血管の容積変化は図中の7のようになる。カフ圧が最高血圧より大きい値(血管内外圧力差が常に負)のときには容積変化が図中1のように現れる。カフを最高血圧以上の値から徐々に減圧すると、血管の容積変化はカフの減圧に伴って図中の1から7へと振幅が変化する。つまり、カフ減圧に応じて血管が広がり、脈圧に対応した血管容積変化量も次第に大きくなっていくということである。平均的な血管内外圧力が等しいとき、圧力の変化(脈圧)に対応する容積変化は図中2のように最も大きくなる。結果として脈波振幅が最大となった点のカフ圧は平均血圧と一致する。
  カフ圧が平均血圧付近まで下がると血管の内外の圧力差は平均的に0となる。この付近では、内膜と中膜の伸展性が最も大きいので、血管の脈動すなわち容積変化はこの時点で最大になることがわかる。さらにカフを減圧すると、血管は膨らみ、同時に弾性率が増加する(血管が硬くなる)ため、脈波の振幅は減少する。カフ圧が最低血圧以下になるとさらに血管が硬くなり、脈波振幅は急に小さくなる。これは血管の膨らみに対して外膜の性質が現れるためで、外膜の主成分である膠原線維の弾性特性が動脈血管を硬くするためである。
 実際の測定に際しては、カフが有効に圧迫できる領域に制限があるため、オシロメトリック法では脈波の有無によって最高血圧を正しく測定することはできない。また、最低血圧については判定に関する理論的な根拠は十分に説明できていない。現時点では、最高血圧と最低血圧の判定には聴診法による血圧値との一致性がよくなるような解析プログラムが用いられている。この結果、統計的な意味において聴診法とオシロメトリック法による血圧値は比較的よく一致したものとなっている。CardioVisionではカフの加圧と減圧が自動的に行われ、この過程で脈波振幅の変化を分析し、血圧を判定する。図6にオシロメトリック法による間接的血圧測定時に現れるカフ圧と脈波振幅の関係を示した。本法では脈波振幅の増大点に対応する圧力を最高血圧、最大点を平均血圧、急激に減少する点を最低血圧と判定する。
 このように、オシロメトリック法では測定にコンピュータが不可欠であり、パターン分析が必要となる。しかし、オシロメトリック法は自動的な分析プログラムにより制御されているので次のようなメリットもある。
1) 測定者の主観が入り込まない。
聴診法のようにマイクロフォンを使用しないので、上腕動脈の位 置に正確に当てる操作が不要になり雑音に強い。
 このような理由から、オシロメトリック法は小児や新生児用あるいは家庭用として広く普及しているほか、臨床の場でも簡便な血圧モニタとして利用されるようになってきた。
 特にオシロメトリック法では血圧測定に際して計測データに血管の力学的な性質が現れるので、血圧と同時に血管の性質についても情報を提供することが可能となる。本研究でもこの点に着目して動脈血管の脈波振幅を検出し、それから得られる血管壁の力学的特性を評価することで、動脈血管壁硬化度の算出を可能とした。この方法が実際の臨床の場で活用されれば、血圧の測定と同時に生活習慣病である動脈硬化のスクリーニングなどに利用でき、疾病の予防に大いに貢献することが期待できる。

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1−3 カフ圧の変化からなぜ血管の容積変化が得られるのか

 オシロメトリック法による血圧測定ではカフの下にある動脈の容積変化をカフ内圧の微少な変動として計測している。血圧測定の原理的説明では、血圧と血管容積変化との関係が血圧の判定に用いられる。このため、カフ内圧の変化がどの程度正確に血管容積変化に対応するのかを確認しておく必要がある。
 いま、上腕部で血圧測定を行う場合を考える。カフ下部のある領域で一心拍ごとの血管の容積変化儼が生じたとする。血管周囲の組織は水のような非圧縮性の物質と考えることができるので、腕の容積変化は血管の容積変化に等しい。カフは腕の周囲をおおっていて、その中に空気が満たされている。カフの周囲は伸びない布で拘束されているので、腕の体積変化はカフ内の空気の体積変化と一致する。
 いま、腕の容積変化が儼だけ増加したとき、カフは−儼の容積変化を示す。
血圧測定中のある時点でカフ内の空気の量をVとして、そのときの平均的な圧力をPとすると、温度が変わらない状態では、気体の状態方程式から
P×V=constant=k
が成り立つ。
心臓の拍動に伴う血管の容積変化よって、カフに対して−儼の容積変化が与えられると、この容積変化に対応した圧力変化儕が生ずる。このとき、
(P+凾o)×(V−凾u)=k
が成り立つので、儕×儼を他の項に比べて微小と考えて無視すると、
P×V+V×儕−P×儼=k
となり、P×V=kを代入すると、
V×儕−P×儼=0
となる。
従って、容積変化儼は
儼=儕×V/P
と表される。
 実験的に腕にカフを巻き、カフ内圧と空気の容積との関係を調べた結果、血圧測定時のカフの減圧過程では最高血圧から最低血圧付近まで圧力が低下した場合、P/Vははじめの値から次第に増加するが、この範囲内での変化は20%以内であり、これを一定値と考えても容積変化の測定精度が血圧判定に影響を与えることはないと結論できる。また、平均血圧付近のカフ圧変化20mmHg程度ではP/Vの値の変動は5%以下であった。ASIの基準値はおよそ30から80であり、これは対応するカフ圧の変化3〜8mmHgに相当する。この場合、誤差はさらに減少することになる。本法でASI算出を行う場合、容積変化をカフ圧の微小変化から算出することに大きな問題は生じないものと考える。
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2.CardioVisionによる循環動態の分類評価

 一般に、脈波は脈圧と血管の圧−容積特性との関係で決定されるため、脈波の振幅変化は脈圧または血管の弾性特性の変化による。また、脈圧は心臓の一回拍出量と動脈血管の弾性率により決まる。
 一方、血管の圧−容積特性は測定時の循環動態に左右されるので、様々な疾患により特徴的に変化する。オシロメトリック法ではカフを徐々に減圧して血圧判定を行うので、脈波振幅パターンは血管内外の圧力差(Pt:transmural pressure)を変化させたときの血管容積変化(弾性率の変化)と脈圧により現れる。各種循環疾患や循環動態の変化においても、これらのパラメータは変化するので、脈波振幅パターンも変化する。従来、パターンの変化は血圧判定の精度上の原因不明の誤差要因としてのみ認識されてきた。
我々が開発したCardioVisionではオシロメトリック法による血圧判定時に現れる脈波振幅パターンと  循環動態との関係を分析し、図7 に示すようなAからEの5種類の基本パターンに分類している。
循環系が正常なときはAに示すような記録が得られる(図8参照)。血管の硬さが正常である時、カフ圧の減圧時の脈波はカフ圧が最高血圧に近づいた時点で出現する。その後増加していき、最大振幅に達した後、徐々に減少する。脈波振幅の大きさは血管の伸展性、心臓の一回拍出量により決められる。従って、血圧測定時には一定以上の大きさの脈波振幅に単一のピークを持つ山型のパターンが出現する。これをパターンAと分類した。
パターンBは低血圧、貧血、ショックが見られる場合に出現するパターンである。動脈自体の伸展性は正常であるが、一回心拍出量が減少するため血圧の低下に伴い脈圧、動脈容積変化が小さくなる。この場合、低振幅の山型パターンの出現様式を示した。
  パターンCは動脈硬化、糖尿病、肥満、高年齢、強いストレスが見られる場合に出現するパターンである。これらの疾患は、一般的に動脈血管の弾力性を低下させると言われている。
 パターンCが出現する理由は、このような場合の血管の力学的な性質が正常血管と異なるためである。図9に示すように動脈硬化などで血管壁が硬化する場合、動脈硬化の進行から考えて、本来、伸展性に富む平滑筋や弾性繊維の豊富な動脈壁の内、中膜に、侵害が生じ、この部分の血管壁の肥厚とコラーゲンの形成が生じ、この部分の血管壁が硬化する。これに伴い、血管壁の力学的と規制に変化が生じる。特に、正常血管に比べ、血管内外の圧力差が0となる付近から圧−容積変化が勾配の強い直線的なる。これをCardioVisionで測定すると、出現する血管容積変化はカフ圧と平均血圧が等しくなる点の付近で幅の広い平坦なパターンを示す(図10参照)。血管伸展性の低下により一定の脈圧に対する血管容積変化量は小さくなるが、血管に硬化がある時、あるいは循環系に強いストレスが加わった際には血管抵抗の増大により血圧は上昇し脈圧も大きくなるので、血管伸展性の低下の状況が必ずしも脈波振幅の大きさを低下させるとは限らない。CardioVisionではこのCパターン評価の目的でパターンの特徴である脈波の平坦部の幅に対応する数値を算出している。この数値は血管の硬さに対応して増加するので、この値から血管硬化指標ASIを数値情報として提示することが可能である。
 パターンDは不整脈が見られる時に出現するパターンである。不整脈の時は心臓の拡張期が一定にならないため、一回心拍出量が不均一となる。それに伴い一心拍に対する血圧値、脈圧も大きく変動するため血圧測定が困難になる。また、血管容積変化が一定とならないためカフ減圧時での脈波振幅は不規則となり、脈波の出現間隔も一定とならないパターンを示す(図11参照)。
 このパターンEは、心疾患が見られる時に出現するパターンである。多くの心臓病では一般的に心拍出量が低く保たれ、この状態が長引くと血圧を安定に保つための循環反射が引き起こされる。その一つとして、多くの動脈で平滑筋の緊張が生じ、正常動脈の圧−容積特性の状態とは異なったものとなる(図12参照)。

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3.CardioVisionによる血管硬化度指標ASI(Arterial Stiffness Index)の測定原理

3−1 ASIの意味


 図13は血管の圧−容積特性について正常血管の脈波パターンと硬化した血管の脈波パターンとを比較して示した概念図である。図に示すように中膜の硬化により血管内圧の低い領域で圧−容積の関係を示す直線の勾配が増加する。この結果、動脈血管全体の圧−容積特性曲線は上方へ移動する。カフ圧が加わっている血管では、図の縦軸は血圧−カフ圧と置き換えて考えることができる。従って、脈圧が一定の条件下でカフを減圧しながら脈波の振幅を考えると、そのパターンに変化が生じる。同図のように正常な弾性を持つ中膜の場合には脈波のパターンは先のとがった山型を示すが(同図a)、中膜が硬化した血管では脈波の振幅パターンの形が台形状になる(同図b)。この台形の上底の部分の幅は、カフ減圧過程で血圧とカフ圧の差(Pt:transmural pressure)が中膜の直線部分に対応した圧力の部分を通り過ぎるときの幅に相当する。
 実際の測定時に得られる脈波列では、この幅は時間を示すことになるので計測されたパターンに見られる幅はカフの減圧速度に応じて変化する。台形状のパターンの上底部分を時間ではなく、この幅に対応したカフ圧の変化分を平坦部の領域として考えると、平坦部を減圧速度に依存しない情報として正確に表現できる。この幅は圧力の単位を持ち、中膜の弾力性に依存して現れる血管の圧−容積特性の直線部分に対応する。従って、中膜が柔らかければ、直線部分に対応する圧力の幅が小さくなり、逆に中膜が硬ければこの幅が広くなる。中膜の圧−容積特性を直線と見なすことができれば、圧力の幅は弾性率と比例関係を持つことになる。
  以上のことより、脈波振幅列のパターンに認められる台形の上底部分に対応するカフ圧の変化分を検出すると、その圧力の幅は動脈血管の中膜レベルにおける弾性率に比例した値をとることになる。本研究ではこの圧力値を動脈の硬化を判定する指標として求め、この値を用いて動脈血管の硬さ指標を
 ASI=脈波パターンの台形部分に対応したカフ圧の範囲×10 
として定めた。ここで、圧力の幅を10倍しているのは、得られた数値が数mmHg程度と小さいこと、この指標を臨床的に扱う場合数値が整数で表現できること、またASIの値が正常では2桁であるのに対して(正確には80以下)、血管の効果を示唆する値では100以上の3桁の数値として表現できる用にして、数値的に「硬い」という情報を把握しやすくするように考慮したためである。
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3−2 ASI(Arterial Stiffness Index)の算出原理

 図14にASIの概念と血管の圧−容積特性の関係を示す。図の上部は血管の圧−容積特性を、下部は実際の血圧測定時のカフ圧と脈波パターンとの関係を対応させて示してある。この図に示すように、ASIは動脈血管の弾性率のうち中膜の弾性率に比例した関係となることがわかる。
 本法に基づいて実際の測定を行うと、脈波列は必ずしも完全な台形となるわけではなく、なだらかな丸みを帯びた形状を示すことが多い。これはここで示した中膜の性質が完全な直線では与えられないことと、外膜との複合的な性質が現れるためである。このため、本研究では脈波の台形部分を算出するに当たって、パターンの最高値を100%として脈波振幅が80%に低下するまでの領域を平坦部の存在しうる領域として認識し、この幅の範囲内で詳細な平坦部の検出を行っている。脈波と脈波との間を仮想的な脈波列で埋め、移動加算平均を用いた平滑化によるノイズ処理を施した後、脈波高の変化が約5%以内となっている領域を平坦部の領域として算出している。
 ASIの意味するポイントを別の表現で説明することもできる。図15に示すように、正常血管と動脈硬化の認められる血管の圧―容積特性を表すと、図の左に示すようになる。このとき曲線の傾きは血管のコンプライアンスを示すことになる。血管コンプライアンスは血管のやわらかさ、あるいは伸展性を表す。図の右のグラフは左の2種類の血管に対して、血管内圧に対するコンプライアンスの変化を示したものである。この場合、柔らかい血管では内圧が0の付近で急に大きくなるコンプライアンス特性が特徴的である。一方、硬化の認められる血管では内圧が0付近から、かなり高い圧力の範囲でコンプライアンス型の部分より大きくなる。しかし、コンプライアンスの値はそれほど大きくなく、またコンプライアンスの大きな値の領域では圧力に対するコンプライアンス値があまり変化せず、平坦な形状のグラフとなる。図16はこの考え方により、CardioVision で測定しているASIの示す血管力学的な意味を説明したものである。
 また、CardioVision では呼吸などによる生理的な血圧変化などによる測定のばらつきなどを考慮して、ASIについては数回の測定と平均処理を行うことで数値としての信頼性を向上させている。

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4.ASIと他の血管硬化指標との相違点

4−1 脈波伝搬速度(PWV)
 脈波伝搬速度は、血管を伝わる圧力波の伝搬速度を示している。血管における脈波伝搬速度は次のように表すことができる。
    PWV=√(E・h/ρ・D)
       E=血管の弾性率(ヤング率)
       h=血管の壁の厚み
       ρ=血液の密度
       D=血管の直径
 ここで、Eが大きいことは血管が硬いことと対応する。ρは血液の密度であるが、循環系内では不変なものと考える。また、血管が相似的な形状を示すと考えるなら、h/Dが一定となるので体格の違いなどに起因する血管の太さの違いは、脈波伝搬速度に関係しない。
 従って、動脈硬化ではEが大きくなると同時にhも大きくなるので、脈波伝搬速度も増大することとなる。臨床的には、この脈波伝搬速度を心音から腕や末梢血管の脈波出現までの時間と距離から測定する(図17参照)。また、脈波伝搬速度は諸因子の変化に対してその平方根√で与えられるため、その変化の割合は元の値に対して小さくなる。脈波伝搬速度は年齢と相関することが示されており、これは動脈壁の硬化と関係するとされる。また高血圧、糖尿病の早期血管障害を検出することができるといわれている。
 しかし、その一方で、この指標を臨床的に利用する場合には測定時の血圧に十分な注意が必要である。すでに示したように、血管の力学的な特性は血管の内圧に依存する。これは血管の硬さが血管のふくらみの程度によって変化するためであり、血圧が正常レベルであっても血管には内圧による負荷が働き、血管は外膜を進展させる程度にふくらむ。血管のヤング率Eは血管内圧の増加につれて非線形的に大きくなり、この結果、脈波伝搬速度は圧力によって変化する量となる。これらの理由で、たとえ同一人の同一血管であったとしても測定時に血圧が異なっていれば脈波伝搬速度も変わってしまう。特に、動脈硬化の治療においては血管硬化度の低下を促す薬と血圧を低下させる薬が併用されるため、脈波伝搬速度の低下がこのいずれの効果によるものかを判断することが必要となる。従って数値情報としての測定値を単純に比較することができなくなる。
4−2コンプライアンス
 コンプライアンス(C)とは血管の容積変化(ΔV)と圧力変化(ΔP)の比のことであり、
   C=ΔV/ΔP  
と定義されている。
 すでに説明したように、コンプライアンスの値が大きいと、血管は柔らかい。血管の圧−容積特性から明らかなように、血管のコンプライアンスは血圧が低いとき大きく、高いと小さくなる。コンプライアンスは血管の壁がどのくらい引っ張られているかによって値が異なる。すなわち、コンプライアンスは血管の内圧(血圧)によって変化する。このため、血管の硬化をコンプライアンスを用いて表現するとき、コンプライアンスがどのような血圧の下で測定されたかが問題となる。コンプライアンスのみを比較しただけでは、どちらの血管が硬化しているかを判断することができない。
 また、測定部の血管の大小がコンプライアンスに影響を与えるため、太い血管では同じ内圧の変化に対してより大きな血管容積変化を示すので、太い血管ほどコンプライアンスが大きく測定される。そのため、異なった太さの腕でコンプライアンスを比較するときに問題となる。
 実際の生体計測ではコンプライアンスを直接計測することは易しくない。これに変わって簡単に測定できる指標として脈圧が使われることがある。脈圧は動脈系のコンプライアンスと関係する指標である。例えば、心臓一回の拍動により動脈系に送り出される血液の容積ΔVが一定であるとすると、脈圧として現れる血管内圧の変化ΔPは次のようになる。
    ΔP=ΔV/C
この関係式から、ΔPはコンプライアンスに反比例することがわかり、コンプライアンスがその時の血圧(平均血圧)に依存しているのと同様、脈圧も測定時の平均血圧に関係する指標となる。
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